昨夜のわたくし -5ページ目

ローレライとわたくし

映画「ローレライ」が封切りとなり、興行成績好調らしい。

実は筆者は本職の海軍軍人なので、原作「終戦のローレライ」(ハードカバーである)を2年ほど前に購入し、メッチャメチャ楽しみにしつつ未読のまま現在に至ってしまい、あわてて読み始めているのである。

軍団員にも読ませているが、素人には専門用語がわからんらしい。
筆者は本職の海軍軍人ゆえ(くどい!!)、すべての海軍専門用語を日常的に使用しており、その意味も直ちにわかってしまうのだが、素人には大分わからん部分があるらしく、おそらく面白さ半減であろう。それでも軍団員はオモろいと言うておるので、やはり相当オモロいのである。
恥ずかしながら現在読破中の筆者であるが、読了の暁にはあまりの面白さに失禁してしまうかもしれないと今からバビっているのである。

ついでに宣伝しておくと、同じ作者(福井晴敏というおっさん)の「亡国のイージス」もすげえいける。
現在トルかまに「亡国のイージス」を読ませているが、タイミングを見はからい、落ち/見せ場等をすべて事前に教えてやろうと思う。これも普段イジメられている事に対する仕返しの一環である。

このところのわたくし

このところ、首と肩の痛みの為食欲が皆無であり、まったくもって不甲斐ない小僧と化してしまった筆者である。


昨日も、神楽坂まで出かける元気もなく、仕方なく近所のCoCo壱番屋で、

・ チーズカレー(一辛)にほうれん草とうずらたまごフライ トッピング
をやっつけた後、一兆堂で

・ みそチャーシュー麺 ネギ トッピング

という信じられないほどの粗食に甘んじている。
両店とも単品である。勿論酒は一滴も飲んでいない

これでは筆者的には一種のダイエット食である。
このまま食欲が回復しなかったらどうしようかとバビる筆者である。
本ブログの存続すら危ぶまれる危機的状況である。

このままでは、生体活動の維持すら危険にさらされると瞬時に判断した筆者は、コンビニエンスで魚フライ入りのパン牛乳500mlパックを購入し、即座に完食・完飲することを忘れなかった。

四十肩とわたくし(2)

先々週あたりから首と肩が痛え事既にお伝えしている通りである。

いろいろな薬を塗ったくり、湿布をベタベタ貼り、鍼をうち、ホカロンで暖めつつ寝るという涙ぐましい治療の結果、ようやく肩の痛みが楽になりつつある筆者である。
しかしながら、あまりにも無節操に、いろいろ塗ったくり、かつ貼りたおした結果、肩から背中にかけてかぶれたように赤くなり、今度はカイ~の
近所の皮膚科で薬をもらい、塗ろうとしたら問題発生である。

手が患部まで届かねえんである

これは決して筆者が太っているとかデブとかそういう事ではないのだが、強引に届かそうとしたら、高級本革ソファ(注:イタリア製)から落ちて、テーブルの角で頭うったのであった。1秒ほど気絶である。
踏んだり蹴ったりである。
トルコのおかまが五寸釘うって筆者に呪いをかけているのかもしれない。近所の靖国神社で厄払いする必要性を痛感する今日この頃である。

イタリア人とわたくし

急に思い出した。先回の出張中、イスタンブールでの出来事である。


筆者が、定宿Hyatt Regencyの高層階専用エレベーターに乗っていたら、突然肥えた白毛唐のおばはんが乗り込んで来て、何か言われた。

「◎※Ĥ÷ʥѺℋ☆」

というような事を言っておるのだが、英語でもドイツ語でもトルコ語でもない(あ~っと、この3言語であればわかったよという軽~い自慢である)。

「はぎょ??」である。
「にゅぽ???」である。

言葉が通じないとわかったおばはんは、英語で

「いや、イタリア人かと思った・・・」

と呟いている。

どうやら「◎※Ĥ÷ʥѺℋ☆」は、イタリア語だったようである。

という事は、どうやら筆者は外見がイタリア人に似ているようである。やはりそうなのである。間違っても金○男ではないのである。
ざまあみろ軍団なのであります。


ただ、未だに本当は何言うたかわからんのが気になるところではある。
もしかすると、直前にトルかまがエレベーター内でくっさい屁をこいていたので、「こらあ、人前で屁ぇこくな、東洋人!!」と言われたのかもしれんが・・・

四十肩とわたくし

3年ほど前、当時40代前半であったラグビー部の先輩と当然の如く激爆飲した際、

「俺たちはクビを酷使してボロボロだから40代になると、首や肩の痛みに苦しめられるぞ。」

という話になり、その先輩も首と肩の痛みに悩まされ、ようやく回復しつつあるという事であったが、その頃まだ30代で肩や首の痛みのなんたるかをまったく理解していなかった筆者は、真剣に聞くふりをし、「大変ですねえ」とやさしい言葉をかけるふりをして、馬耳東風ぶっこいていた
今思うと、その時首肩痛の対処法をちゃんと聞いておくべきであった。


先週から痛えのである。今日も痛えのである。腕とか指とか痺れてるのである。
いよいよ筆者も老人の仲間入りである。詳細は徐々に語っていこう。なんと言っても痛え真っ最中ゆえ、長時間の執筆には耐えられないし、治ってからモノ申せであろう。

ひとつだけ現時点で大問題となっているのは、夜寝る時に肩を冷やさないようサポーターを着用したいのだが、サイズがじぇんじぇんないことである。
フリーサイズ(目安79~92)とか書いてあるので、一瞬買いかけたが、よく読むと79とか92ってのはcmで、胸囲なのである。
筆者の胸囲は125cmである。
論の外じゃーーーーー!!絶対届かんやろ!


尚、今回から文章を半分ぐらいに短くする事とした。
「オモロない上に長過ぎるんじゃ、われ~!!」
というお叱りの言葉を軍団から頂いているためである。
又、当分オモロない事が予見されるが、これは筆者のせいではなく、首肩痛の為である。

昨夜のわたくし(8)

雨は夜更け過ぎに雪へと変わらずに霰(あられ)へと変わったのであった。
いきなり初手から詩人である。


昨日9時30分過ぎに会社を出ようとした筆者は、待ち伏せしていたダー○ツ(36歳 独身経理マンにもかかわらず簿記3級不合格 ややキショ目)につかまってしまった。

「飯を食いましょう。今日は給料も出たことだし僕が奢ります。」

とのお誘いである。雨が降っているし肩も痛いしで、筆者的には早く帰りたかったのだが、あまりにもしつこいので、つい「飯田橋ならよい」と回答してしまった事が悔やまれる。

「どうせダー○ツと(ダー○ツの銭で)食うんだから、失敗してもいいや。開拓したろ。」と思い、先日来気になっていた店を襲撃したのであった。

筆者の屋敷の前の道をはさんだ向かい側に空き地があり、その空き地にプレハブが建ったのは1ヶ月ほど前であったが、そこが飲食店としてオープンした。

和食処「宗村(むねむら)」である。
もともとは少し離れた線路沿いのビルに店舗を持っている居酒屋だが、本来の店舗が改装中で、一時的にプレハブで営業しているらしい。この地で30年近くやっている店らしく、新参者の筆者など、それだけで恐縮しちまうんであるが、雨も強くなってきたので、とりあえず飛び込む。


まずこの店、最初に申し述べておくと、なかなかうまい。料理も手がこんでいる。値段もお手ごろである。

しか~し!ばばあのボケが強烈なのである。
まあ、そのボケっぷりがあまりにも見事な為、怒るよりも笑っちまうから救いがあるが。

10時ラストオーダーの店に、9時50分に飛び込んだので、当然「すみません、ラストオーダーになります。」と初手から言われ、一気に注文した筆者である。

- かんぱち塩焼き
- 地鶏塩焼き
- めびかり唐揚
- 塩鱈飯


等々を食い倒しつつ、ばばあを眺めていると、なるほど種々ボケまくりである。(尚、ここで、「あら、筆者小食じゃない?」と思った方がいらっしゃるかもしれないが、実はばばあのボケがうつったと思われ、これ以上思い出せないのである。)

おそらく、脳みそに情報が入って3歩も歩くと忘れちまうのであろう。見事な“にわとりボケ”である。

「焼酎のお湯割り二つ 梅干入れて」と頼んだ15秒後梅干なしの焼酎が出てきちゃうんである。
あるいは、てめえで醤油(焼酎お湯割の“しょうゆ“ではなく、”むらさき”)をテーブルに持ってきた15秒後にもう一度醤油を持ってきて「何故そこに醤油があるのか」理解できずに固まっちゃうのである。ダー○ツ爆笑である。


昨夜、この店の客は筆者とダー○ツを入れて5人であった。店自体は30人ぐらい入れるはずである。これを「腕のいい板」「超弩級ボケばばあ」の二人でやっている。他人事ながら店が満員になっちまった時のことが心配である。


更にここで急に話題を変えるが、ダー○ツは“森三中の黒沢のファンである事”を自白したので、ここに広報しおく。
3人の中で、一番地味なねえちゃんである。と言っても、クソ目立たねえねえちゃんなので、皆様おわかりにならないのではないかと危惧する次第である。
又、追記しおくと、この後筆者とダー○ツが、一兆堂でラーメンを食したのは「義務」であり、「当然の助動詞べし」であろう。

おっさんのわたくし

トルコから帰国して時差がまったくとれていない。
昨夜も帰宅後、福井晴敏の力作「終戦のローレライ」を読み始めたら朝5時になってしまった。

(これはいかん)と気づき直ちに寝たが、例によって何者かが筆者の屋敷に侵入し、目覚まし時計をオフにしやがったと思われ、気づいた時には9時であった。(あ~っと、近いから少し急がなきゃ)と思い、うんこしながらスーツを着ている不思議な夢を見つつ、次に覚醒したのは10時30分である。
焦る気力すらなくなる時間である。完璧なる遅刻、略してペキチコである。

思えば、出張→時差ボケ→時差に慣れる→帰国→再び時差ボケ→再び時差戻る→出張 という、鬼の時差旅行サイクルが昨年12月あたりから続いており、筆者的にはもうグダグダのグダ公である。


更に一昨日あたりから、激しい寝違え並びに肩痛並びに腕の痺れに襲われており、これが噂の四十肩かもしれない。
さすがに昨夜は(暖かくして寝よう)と思い、泣く泣く大好きな扇風機を切って寝た筆者であった。


若い頃は時差ボケも3日で完治したものである。
寝違えてもスクラム組めば治ったものである。
これが治らんようになっているという事が、まさにおっさんの証であろうか。

時差はまだ食欲とは関係ないが、問題は肩痛である。肩痛の為食欲がなく、昨夜も急性超拒食症を発症している筆者である。

昨夜は、肩の痛みのため午後7時過ぎには会社を出た筆者であるが、近所の定食屋「キッチンわたる」にて

・ 魚フライ定食 ライス大盛
・ クリームコロッケ
・ ボテトサラダ


その後、「CoCo壱番屋」にて
・ ほうれん草カレー チーズトッピング
・ 温泉たまご


しか食していない。ほぼ病院食である。

早く四十肩を治さないと、食欲がなくてやせ細ってしまうかもしれないと危惧する筆者なのだ。

何度も申し上げているように、筆者は、“普通の体型になろうと思えば楽勝で普通の体型になれるにもかかわらず”あえて現在の体型を維持しているのである。
従って、こういう理由でやせ細る事は、世間様が許しても筆者が許さないのである。

軍団とわたくし

一般の読者の方より

軍団の視覚的イメージがわかないが、例えて言えば森三中みたいなものか?」

との問い合わせがあった、という情報を得ています。

おそらく同じような疑問をお持ちの方も多いと思われますので、ここにはっきりさせておきましょう。
そのうちネタがつきてきた時には“ゲロ酔い軍団写真”を無修正で公開致しますが、まずは文章にてイメージをはっきりさせておきたいと思います。


はっきり言って「森三中」というのは失礼です!!


森三中に。


軍団」は、森三中の人数を3倍にし、徹底的にオヤヂ化が進んじまった状態とお考え下さい。
飲酒量はおそらく森三中の20倍はいくと期待しています(筆者は森三中の飲酒量がいかほどのものかまったく知りませんが・・・)。

よく池袋あたりの人間のクズのひとが吹き溜まっているような場末の激安酒場に出没し、「ワシ、焼酎の岩~!!」というような注文をぶっこいているそうなので、興味のある方は池袋の場末を探してみて下さい。
運がいいと、“場末激安酒場の床で記憶を失ってのたくる軍団員を目撃する事ができるかもしれません。

尚、「軍団」は;

生物学的には女性に分類されるはずですが、基本的に一人称は「ワシ」乃至「オイラ」です。

カラオケボックスでは、軍歌若しくは戦時歌謡を唄います。

夜中の3時に上司の自宅に襲撃をかけます。

タクシーの中でをこきます。

自衛隊とわたくし

少しずつ筆者の実態を明らかにせねばならない。


皆様あまり御存知ではなく、かつ筆者のイメージからは超意外かもしれないが、筆者は小学生の時、将来は自衛隊に入りたいと思っていた。

筆者の通っていた小学校は自衛隊の駐屯地に近く、自衛隊が非常に身近にあった。当然自衛隊員の娘・息子もたくさんいた。
筆者と仲のよかった佐々木君の父上も自衛隊員であり、子供の頃その制服のかっこよさに憧れたものである。


筆者は小学生の頃から中学・高校・大学・会社と運動部に所属し、一般社会の中では比較的軍隊的匂いの強い環境に育ったことになる。
従って、「自衛隊に入りたい」という希望は高校の頃まで持ち続けていた。それでは何故民間企業に就職したのかと言われると困ってしまうが、結論から言うと、

ただ根性がなかったから

である。


筆者は偉そうに運動部ヅラしているが、実は練習が大っ嫌いであった。
特に筆者が現役運動部員であった頃は、今と違って合理的な練習はあまり取り入れられておらず、「辛い練習をするほど強くなる」という信仰があった時代である。

野球部で「蹲踞して腕を伸ばしてバットを持ち、バットを水平にしたまま何分間か動かない」練習なんて、絶対野球と関係ないと思う。

あるいはラグビー部でラン・パス(よく映画やドラマ等に出てくる、何人かでボールをパスしながら走るやつである)をグランド何十往復もやってもラグビーはうまくならない

そういうわけで、筆者は当時“いかに手を抜くか”に主眼をおいた練習を心がけており、従って、非常にたいしたことなく、根性のない、場合によっては迷惑な部員だったのである。

各部では、“手抜きの天才”あるいは“演劇部(まったく辛くないのに辛そうなふりをする為)”の名をほしいままにしたものである。この特技は今も生かされており、“筆者が仕事中に真剣な顔で何かを考えている“ように見える時は、20年穿きこんでずるムケになったパンツのゴムなみに脳みそを弛緩させている時である。


かかる状況ゆえ、高校2年までは防衛大学受験も考えていたものの、直前に「自衛隊の訓練は相当厳しい。運動部の比ではない。」という事を痛感(防大に行った中学の先輩から聞いたのだったと思う)、バビッて防大受験を寸止めし、(運動部の弱い)一般大学→一般企業就職という平凡な道に走ったのであった。


ただ、今でも「自衛隊の飯を一度食ってみたい。」と思う事がある。強引に本ブログのテーマである「グルメ」に結びつけたのである。なんでも、昔と違って相当いいらしい。勿論ここで「いい」と言っているのは、高カロリーかつ大量という意味である。近いうちに筆者自宅近くの防衛庁庁舎に潜入し、厚生棟の食堂で是非飯を食いたいものである。

昨夜のわたくし ひさびさ

本当に久しぶりに神楽坂系沖縄に登場である。


登場して、初手から驚いたのだが、筆者のボルトを勝手に飲みくさり、更に勝手に「ちゅ~りっぷの会」とか書き倒しやがった輩がいるのである。
誰ですか~、勝手に筆者のボルトに手を出している超不届き者は!??!


それはさておき、ここで正直に若干の負けを認めなければならない筆者である。

昨夜も出だしは順調に;

・ 島らっきょう
・ たこわさび
・ 麩ちゃんぷる
・ ポークたまご


あたりをやっつけた筆者であるが、シメにそーきそばを頼み、そのついでに墨イカ塩辛も頼んでしまったのである。
なんとなく、塩辛をそーきそばに入れたら、うまそうな気がした為である。

しか~ の し、ハウのエバー、これは失敗であった。
汁が真っ黒になってしもうただけでなく、塩辛の味がそーきそばの味と混ざり、わけのわからんものとなってしまった。大量にブチこんだ島唐辛子も敗因のひとつである。

当然完食はしたものの、ここは潔く負けを認めよう。この取り合わせは最悪である。


仕方なく、リベンジの為、近所の牛丼屋に立ち寄った筆者である。
ここで、筆者が店に入るのと同時くらいに店に入った小僧がおり、この小僧が「カレー丼並」を注文しやがったのである。さ~、リベンジのチャンスである。筆者は当然;

・ カレー丼 特盛
・ 半熟卵
・ 味噌汁


波状攻撃である。
勝ち負けで言えば大勝である。
これで1勝1敗である。
筆者が注文したとたん、この小僧が勝負に負けた事を悟り、悔しそうな顔をしているのを筆者は見逃さなかった。
ざまあみろでございます。

尚、その後、2勝目を求めて、コンビニでしめじとベーコンのスパゲティを購入したことは言うまでもない。